Kim & Jessie & ......

見つけてもそっとしておいてください……

ポートレート

欧風カレーライスについてくる,ジャガイモをふかしたものは,いつも少し哀れである.

カレーライスが食べ終わる頃に運ばれてくるので,カレーに浸される訳でもなく,ただバターを塗りたくられて,よく噛まれもせず雑に食べられる.

そして,1つのカレーライスに2つのジャガイモがついてくるのだが,2つは少し多いのだ.一緒にカレーライスを食べていた友人が残したジャガイモ2分の1が,申し訳なさそうに皿に載っていたので,これもらってもいい?と聞きながら塩を振りかけた.

可哀想だからという理由で起こした行動は,いつもあとで若干の後悔を伴う.

案の定お腹がパンパンになって,これからの会話で表情を作りながら話すのが面倒だなあと思った.

 

高校の同級生である友人は,弾丸で東京に来ていた.

今日暇しているかといきなり連絡がきたので,神保町で私が提案した欧風カレーライスを一緒に食べている,そんな運びだ.

今朝夜行バスで着いて,今晩夜行バスで愛知に帰るのだ.そんなの二日連続の徹夜と同じなのではと思って,想像しただけで腰が痛くなった.

以前,美大を卒業して実家のある大阪でフリーターをすると不安げな顔で話していた友人は,大学院を受けることにしたそうだ.どの研究室を受験するか選択するため,研究室の教授訪問を行うらしい.それが目的で東京に来たのだ.

 

***

 

待ち合わせ場所である地下鉄の出口に続く階段を,大きなキャンバスを抱えて上がって来た彼女が,あまりに眩しくて面食らった.

田舎の大学生特有,というか,昔からの彼女特有の,野暮ったく人懐っこい健康的なダサさは健全だった.

しかし,以前は芯や自我がないと受け取れるほどに他人に優しく,自分に無頓着だった.どんな意見でも頷き,批判しない,悪口を言わないし負の感情がない,しかし,自分という存在に対する底なしの否定感を強く持っていて,生きることに期待していない.そんな闇をいつか共有できないかなと考えながら,10年目の付き合いに突入していた.

眩しさは,不健全な自意識や過度な優しさからの脱却を示す.

自分があり,作品への自負もある,そして,未来を選び取ることに対する確信も感じ取れた.

 

 

私は,うっすら妬いた.

私は,平凡な大人になろうとしている.

東京に何千何万もいるような,平凡な会社員である.

そもそも,平凡な大学を選択した.文系学部で,哲学,に類する尖った学問ではなく,中途半端に就職活動で話せそうな学問を選択し(実際はそんなに話せなかった),本当は深い興味のあった美学や芸術とは程遠いテーマで卒業論文を書こうとしている.

彼女と会った時,その時点で,彼女と別れたあと1人で帰宅し,家で卒論の執筆に向かう時間を想像したら,あと数時間後に予定されてることなのにもう既に途轍もない虚しさを感じた.

 

けれど,今過ごしている時間が未来であった時点で選択を行った私は,輝くほどの確信は持っていなかったけれど,これこそ自分が下した決断である,未来を選び取ったのであると確かに思ったはずだ.卑下する必要なんてない.

半透明の膜のように心をうっすら覆う嫉妬と虚無感を突き抜けて,ほぼ一年ぶりに会う彼女に対する親しみや懐かしさが込み上げてきたので,煌めきで目がくらみ涙が滲んでごめんやっぱり今日はやめようか気まぐれでごめんと訴えることは避けられた.

 

バイト先にほど近いカレー屋へ案内し,エビとあさりとチキンの入ったミックスカレーを2つ注文した.ホタテが含まれるシーフードミックスカレーと悩む様子を見ていると,優柔不断な性格が変わらないことを思い出した.

ふと,いつも誰かと2人で食事をする時は,別々のものを頼むようにするという自己ルールを,自然と忘れていることに気がついた.そのことも,私の心をとても穏やかにさせた.

 

お互いの恋人の愚痴や,共通の友人の近況,大学の人間関係の問題などを話した.

なんら変わりのない,至上の雑談だった.

カレーライスを食べ終わり,私が友人の残したじゃがいもを気だるく飲み込んだ後に,踏み込みたかったようなそうでもないような,そんな話題を切り出した.

最近の彼女の作品制作についてである.

 

思えば一年前,北千住でカラオケをしピザを食べたときは,彼女はとても苦悩していた.作風が定まらず,描き方の方法も路頭に迷っているようだった.

私は勤勉なタイプなので,本をたくさん読んでその中で気になった学術的な概念とか,歴史の流れを援用することはできないのかといった,身も蓋もない無益なコメントをした.彼女は直感を大切にするタイプであり,書籍からモチーフを得ることなんてないのだ.そんなことをよく知っていながら,全く彼女の性分を考慮しないコメントしかできない自分にうんざりしていた記憶がある.

 

苦悩から脱したような,爽やかな気配をまとった彼女の,最近の制作活動の話題である.

今度こそ眩しさで目がくらんで涙が浮かび,対照的に,自分が今抱えている平凡な毎日,そして,待ち受ける平凡な未来に絶望してしまうんじゃないか,と危惧した.彼女の瑞々しさを直に知ること,同時に自分の浅ましさを自覚することがとても怖かった.

表情筋に気を遣いつつ,研究室の教授との面談はどんな形式なのかと質問した.平凡な内容の雑談から滑らかに切り出せ,話題を移行できたので安心した.

 

すると彼女は,こういう作品のポートレートを作って,一覧にして見せるんだよ,とカバンを開けてA4の黒いファイルを取り出した.

 

 

致死量の煌めき.危険物発見.デンジャーデンジャー.キープアウト.

 

 

一瞬,私の周りだけ,上品なカレー屋に似つかわしくない緊迫した空気が流れたように思った.そしてそれはいつも私1人の思い込みであることも重々承知していた.会話の相手にももちろん悟られない.いつも1人で無駄に何かと戦っていて,無駄にエネルギーを消費している.このシステムにより,自身の痩躯は維持されてるんじゃないかとすら思う.

 

緊張と恐怖を感じながら,なるほどーありがとう,結構厚くて重いのねと言い,水の入ったコップを倒さないよう慎重に受け取った.

 

1ページ目に,彼女の来歴と作品の受賞歴,関連したポエムのような文章が掲載されていた.

その辺は読まないでと恥ずかしがるので,さらりと読み流し次のページからの油画をじっくり見ることにした.

 

表紙をめくった時にふわりと感じたことだが,どうやら,自分が想定し危惧していたような嫉妬や絶望は生じなさそうなのだ.

 

ページをめくり現れた直近の作品を目の当たりにし,その予感が当たっていることを確信した.

彼女はもう,同じ美術部に所属し,その才能で私を挫折させ嫉妬させ,平凡な大学へと向かわせた高校の同級生ではなくなっていた(もちろん彼女の才能だけが進路選択の理由ではない).

そんな当たり前のことすら意識できていなかった自分をとても恥じたが,それは爽やかな羞恥だった.

鎖が解けたような快感を伴った.

彼女のポートレートは,若手油画家の画集そのものだった.それこそ,表紙をつけて上質紙に印刷すれば,神保町の古本屋の棚に並んでいる立派な画集が完成しそうだった.

強さを感じた.

彼女の才能は中学時代から飛び抜けていたので,第1志望の美大に受かるものだとみんなに思われていたが,第2志望の大学へ通っている.挫折だったと思う.大学2年生の時,初めて恋愛感情を知りそしてその成就しないことを甘んじて受け入れ,色々と痛切な気持ちを吐露してくれた.大学の周りの人間に対する羨望や劣等感,虚栄心に気づき,こんな気持ちを他人に持ったことはなかったと自分を汚いもののように話していたことも思い出した.

そうした,高校卒業時点までの彼女をベースに,大学での経験がもたらした,人間的成熟が,油画から感じ取れた.中高時代の彼女には決して描けなかった世界が広がっていた.当時,彼女の絵は面白いほど毎回絵画コンクールで入賞したが,そしてこのことも私含めた他の美術部員にとって複雑な感情を抱かせる1要因となっていたが,私ははっきりと,彼女の絵が嫌いだと思っていたのだ.野暮ったく,垢抜けなく,虹や笑顔で埋め尽くされ塗りたくられ,なぜそんな彼女の絵が評価されるのかとすら.

 

しかし,当時の面影は全くなかった.

強く,しなやか,そしてとても美しく,儚さや危うさも合わさった,素晴らしい作品ばかりだった.

それぞれ全く異なる大学に入ったが,大学入学後彼女と電話をしたり会って話したりした内容を踏まえると,お互いに考えていたことは,なぜか似かよっていたように思う.

似た問題意識を持った人間が,それを芸術に昇華した作品群を見れば,心が動くのは必然なのだ.

 

前半部分のページを指差し,この二つの作品が,今の作風に繋がる原点となったと説明してくれた.

片方は縦に長く,5メートルもある作品だそうだ.

実物が愛知にあることがとても悔やまれた.

 

 

ポートレートは,過去の作品に遡る形式で作られている.

軌跡には,芸術家としての苦悩が垣間見れた.

昨年北千住で会った時期に描かれたものは,確かに迷っているなという印象だった.

言うなれば,美大の油画科に通う女学生が描きそうな作風を真似てみました,という雰囲気だ.可愛い色使いで素人目にもとっつきやすいとわかる作品が並んでいた.

 

版画やインスタレーションなど,油画以外のページを見ていると,自然とコメントが出た.これはクリムトっぽい色使いだね,なんて,市販の画集に感想を述べるような感覚だった.言った直後に,教養人やってますみたいな印象を持たれていないかなと少し悔み発言を取り消したくなった.

 

 

来年院試に合格すれば,拠点が関東になる.

これから,彼女がより一層変わっていく様子を,間近で見ていたいと思った.

夜行バスの時間が迫っていたので,私たちはお別れをした.

 

 

***

 

1人の帰路は,やはりどうしても寂しかった.

思えば彼女の作品をまとめてじっくりと見たことは初めてだった.見せてくれなかったのだ.

作風が確立せず,他人に説明することもできない,なんなら自分の作品が嫌いなので,説明したくない見せたくない,親しい相手ならなおさらと,そんなことを,一昨年愛知の部屋に遊びに行った際にこぼしていた.

ポートレートを一通り見て,あの過程を経る間に,絡み合い入り組んだ思考や鬱々,悶々とした気持ちを,どれほど抱え込んでいたんだろうと想像した.その苦悩は多分私が今まで感じたことのない,そして今後も感じることのない全く別種のものだろう.

 

駅のホームは電車が入ってくると風がきつかった.その風は,本を開けることを妨げた.

最近付き合い始めた恋人から,ラインが来ていたことを思い出した.

開けると,世界中の付き合い始めた恋人たちが,何千何万も繰り返してきたであろう,そんな話題でやりとりが進んでいた.高校同期に対する安心とは違う安心を感じた.ラインを慎重に打つ.相手の口調にちょっとばかり自分の口調を寄せつつ,何の変哲もない返答を努めてした.彼女が作品制作でもがいていた苦悩とは対極にある,とても穏やかな感情そのものだと思った.

 

途端に,今の平凡な毎日が比類なく愛おしく思えた.

とても,とても大切にしようと思った.平凡で満たされているこの素晴らしき至上の日々を保ち,途切れさせず,丁寧に長く呼吸をしながら生きていこうと決めた.ふかしたじゃがいもも,じっくりとバターを塗り込んで溶かし,よく噛んで食べるべきだ,そうしたらホタテに負けないぐらい美味しいのだ.