Kim & Jessie & ......

見つけてもそっとしておいてください……

うちのインコはうたえない

新宿武蔵野館で,「きみの鳥はうたえる」を観てきました.

 

kiminotori.com

 

観終わった直後の感想としては,パッとしないしなんかムカつく,合わない映画だなあと思いました.

ただ,街中でちょっとワルでおしゃれな若者たちを見かけると,あの映画に出てそうだな〜〜と思い出したり,かかっていた音楽を探してみたり,後からじわじわ味わえる”スルメ”的楽しみ方は十分できる映画でした.

 

モヤっとした嫌悪感の正体を,文章にしておこうかなと思います.

 

***

 

ぼんやり過ごす若者や大人への羨望と拒絶感が,まずあります.

特にそんな感想を持ったのが,静雄とその母親.

母親は酒浸りで,会うたび息子たちにお金をせびってるんでしょう.

静雄の兄はちゃんと働いてるようで,テキトーな静雄や母親とは少し距離を置いてることが想像できます.また静雄自身も,兄に金銭的援助を度々申し出ているようで,こんな感じで無責任にのらりくらり生きれたら楽だろうなあと思いつつ,そんな人間が周りにいるのも厄介だと感じました.

 

そして,ビッチで普通な女性の描き方が上手すぎて怖い.

主に佐知子に対する感想ですが,もう1人のバイトのみずきちゃんにも同じ感想が当てはまります.

ちなみにみずきちゃんを演じていた山本亜依という女優,めっちゃ可愛い.調べたら,元AKB48だそうです.写真より映画の中で動いてる方が可愛かった.

まず,佐知子に対しては,もう全部の言動に当てはまるんですが,特にみずきちゃんに自分の性行体験を屈託無く話してるシーン.

二段ベッドでやって狭かったという話は,全国のあらゆる女子会で展開されてそうで笑っちゃいました.

自慢でも卑下でもなんでもなくて,さらっと普通の話題として話せちゃうところ,そしてそんなシーンを映画の中に収めるところに,監督の才能を感じました.

みずきちゃんは,新しく入ってきたバイトの男性と,初日に飲みに行きオールして泊りに行っちゃったみたいです.

彼女たちをビッチと形容するのが適切ではないかなと思うくらい,自然で普通,お酒の飲み方が上手いです.そんな彼女たちに対しても,羨望と拒絶を感じました.

 

 

もちろん映画全体を通して,好きな点もたくさんありました.

 

暴力の描き方の塩梅は,とてもリアルでポップでした.

「僕」が,バイト先の森口の発言に対して腹を立て,トイレでボコボコ殴るシーンがあるんですが,この森口ってやつが絶妙に腹立つキャラクターをしてて,鈍臭いし30すぎてバイトだしダサいしうるさいしうんざりする人間です.

暴力シーンはあまりに酷いと痛そうで観てられないんですが,あーーいい感じと思える具合に殴るので,楽しく観れました.

また,森口が逆に,散歩中の「僕」を自転車で追いかけ,棒みたいなものでやり返すシーンもあるんですが,ダサい彼にぴったりの仕返しの方法で,シュールでした.

自分でやり返しておいて途中でチキって逃げて行くのとかほんと面白い.「僕」の,なんだあいつって感想もわかりみが深いです.

 

他に好きだったのがクラブのシーン.

深海のような青い照明が,そこが,ガヤガヤしたうるさいクラブではなく心地よい空間であることを象徴しており,その照明に絡みつくように踊る佐知子が最高です.

リズムの乗り方をみていると,おそらく本当はすごくダンスが上手で(コンテンポラリーダンスの経験があるらしい),もっと踊れるんだろうけど,一般人が踊る範囲で最高レベルに上手で心地よいリズムの乗り方と振り付けをして,自由気ままに動いているみたいな踊り方をするんです.

実際のクラブにいそうでとてもリアルだし,フロアの注目を一身に浴びるほどではないけれど,素敵だなあと見惚れてしまう人も多々いる,そんな妖艶な雰囲気を纏っていました.良かったです.

 

 

***

 

多分,最初から自分の中で答えは出てたんですが,この映画,やはり性的な要素の嫌悪がすごく強かったんだと思います.

 

でも,そんな点は内容の本質ではなくて,「僕」と静雄が兄弟でも,そんなことは現代の若者は気にしないし,スルーできるし,恋愛感情は問題なく持てるので,引っかからずにそれ以上の人間関係の機微,合間を読み取る感性があれば,もっとずっと,「きみの鳥はうたえる」は魅力的でエモい映画として受け取れたんだと思います.

まあ,私にもその感性がないこともないんですが,どうしても,佐知子や静雄に対する嫌悪で立ち止まってしまいました.

静雄に関しては,「僕」と関係があることを知りながら佐知子に惚れてしまったのですが,そこは仕方がないとして,何よりも「手を出してしまった」のがどうも許せないみたいなんです.静雄はとても優しいし思慮深いし,自分が「僕」と佐知子の邪魔をしていないかとか気にするほどに,配慮ある人間なんですが......

キャンプのエピソードでは,2人の様子が映らずずっと「僕」の日常を映していたことが「手を出したこと」を暗示してるんじゃないかと解釈しました.

3人の関係性が,自分自身蓋をしていた記憶を呼び起こすようなものだったので,感想のベースが嫌悪感になってしまったってことだと思うんです.

 

 

これが,女2人男1人の3人だったら,こんな爽やかな仕上がりの青春映画にはなってないだろう.

私は,「僕」や静雄(特に「僕」)のようにあっさり振舞うことができなかったので,女性の,というか自分の病みやすさを嘲笑されたようで,ちょっと苦しかったのかもしれない.

こんな感想を持たれるなんて脚本を書いた三宅唱さんもびっくりだろうな......

この映画は,性別を入れ替えた時の非対称性を意識してしまう不幸な人間には,心から楽しめないだろうという結論です.

似たような感想をネット上で探してみるんですが,あんまりなくて少し寂しいです.

 

割り切れる人間になりたいけれど,なってしまったらむしろ良くないんじゃないかという意識もあります.

ただ,割り切れる人間の方が傷つかずに済むことも多いだろうから,やっぱり緩めの規範意識を醸成していった方がいいのかなとも感じます.

 

全然引きずっていないようで,厭な記憶は,口に入った髪の毛のような不愉快さを伴い蘇ってくるので,困りものです.特に,映画や小説で,その世界観に完全に入り込み,自分の経験や主観を抜いて鑑賞できたらとても良かっただろうにと思う作品に出会う場合,とても残念に思います.