Kim & Jessie & ......

見つけてもそっとしておいてください……。

理由

 

夫の転勤が決まったと同時に,

離婚した.

 

 

今年53歳になる.

 

結婚28年目,二人の息子はどちらも社会人だ.兄は東京,弟は福岡で働いているので,大阪に住む私たち夫婦は,広い戸建に数年間暮らした.

 

どちらの息子も優秀だったので子育ては楽しかった.しかし,大学進学と同時に下の弟が家を出た後の数年間,つまり夫と二人だけの生活も,とても快適だった.

 

正社員で事務をしているので,家にずっといることはなく,退屈はない.土曜日は事務の仕事があるので,夫とは平日夜と日曜日だけ顔をあわせる.人と一緒に居続けることにより無条件にかかるストレスとも無縁だ.

食事の用意も少なめで良い.出来合いの惣菜などをそれぞれがてきとうに買ってくる.週末にはお酒を飲みながら映画を観てだらだらと過ごす.

経済的な余裕も生じたので,たまには二人で遠出する.

 

年末年始や夏季の長期休暇に息子達が帰省するのも楽しみだった.

ずっと一緒にいれば喧嘩することも多いが,たまになら会話も弾む.

上の子が大学を卒業する時,お母さんの教育方針ってすごく良かったんだなって,大人になって気づいたよ,と言われた.誇らしい.子育てを立派に完遂したという実感が,ふつふつ湧いた.

 

 

結婚生活はあまりに順調だった.

 

 

〜〜〜

 

夫の転勤が決まる半年前,妹の涼子が離婚をした.

 

 

私は大阪で自営業を営む両親のもとで育てられた.三姉妹の中子だった.

姉の典子は結婚して早々に離婚,実家に戻り家業を手伝い始めてもう5年目になる.

そして今回涼子も離婚することで,典子と涼子は二人とも実家で暮らすことになるのだった.

 

夫の転勤先は仙台だった.大阪からだと東京より遠く,頻繁に会える距離ではない.上の息子を訪ねて東京に行った際ですら,移動が大変に思えたのに.仙台だとなおさらだ.

夫がいなくなった後,私一人に戸建は広すぎるので,賃貸にするか売りに出すかして,自分も典子や涼子がいる実家に戻ろうと考えたのだ.

ついでに離婚もしてしまえば,二人と話が合う.仲間意識みたいなものも生まれるはずだ.

涼子には小さい子供がいるので,ほぼワンオペだった育児の経験を踏まえて,アドバイスだってしてあげられる.

 

こんな絶好の機会はない.

 

そう考え,夫に切り出した.

順調すぎる結婚生活,円満すぎる家庭に,逆に嫌気がさした.実家に戻って典ちゃんや涼ちゃん(姉や妹のことをそう呼んでいる)と一緒に暮らした方が楽しそうなんだ.二人とも離婚を経験しているし,私もその輪に入りたい.

夫は,悲しむでも怒るでもなく,ただ呆気にとられていた.そんなことで離婚の理由になるのか,理解しがたいと言われたが,貴方に落ち度は全くないんだよということを強調すると,納得してくれた.

息子たちには何も相談せずに決めてしまった.

離婚が決まってからの手続きは迅速だった.家は賃貸にし,家賃収入は二人で分割することにした.夫からの補助は受け取らない.年に一回くらいは会う機会を設けたいと言われたので了承した.

 

 

こうして,晴れて憧れのバツイチとなったのだ.

 

〜〜〜

 

典ちゃんと涼ちゃんと私,3人でキッチンに立って野菜を洗う.

 

三姉妹はみんな一人暮らしの経験がないので,典子が結婚するまで両親と私たち3人の5人で暮らしていた.

父親は他界したので,今は女ばかり4人と,涼子の子供2人の計6人が同じ家に暮らす.

時折小さい子供の世話もするので,未婚時の懐かしさと新婚時の懐かしさが混在する不思議な空間で毎日を過ごしているという印象だ.

 

ただ,母親も典子も涼子も,私の離婚については随分と訝しげだった.

あんな良い旦那さんだったのに,どうして別れることになっちゃたのかと何度も聞かれた.

うーんなんでだろうね,なんだかんだ息苦しかったからかもね,と曖昧に答える.

そう答えるしかないのだ.

いかんせん私の離婚は,夫や結婚生活に何か問題があった訳では全くなかった.私側の家族に関する,自身の感情の問題を優先した結果だったのだ.でも,それが間違った選択とも思わないし......

 

ぼんやり考えていたところで,野菜を洗って切り終わった.今日はカレーを作る.

 

 

電話が鳴った.母親が出た.

「はい......あ,順子ね,ちょっと待ってくださいね,順子,電話ですよ」

 

呼ばれた.出ると,上の息子だった.

しばらく世間話をした後,離婚について切り出された.

 

「父さんから聞いた,離婚したんだね,何も言ってくれなかったから,やっぱり気まぐれな母さんらしいと思ってた......理由も大したことないんだよね,叔母さんが離婚したって噂聞いたから,どうせそれに影響受けたんだと思ってたよ,実家で楽しくやってそうでよかった」

「ああ,そうそう.報告が遅れてごめんね,また遊びにおいでよ,涼ちゃんとこの子供がまだ小さくてすごく可愛いからさ.で,なんか用事があって連絡くれたんじゃないの?」

 

「それが......実は大学卒業して1年くらい経ってから籍を入れた女性がいたんだよね.その人と一緒に暮らしてたんだけど,去年ぐらいから不倫をされていて......どうやら今週中に僕の貯金とか私物を持ち出して,夜逃げするつもりだったらしいのね.怪しいなーと思って全部探偵に頼んでからわかったんだけどさ.で,それでカッときちゃって,本人に言ったら喧嘩になったの.僕に落ち度はないと思うんだけどさ.それで,ただ怒るつもりが手が出てしまって,多分殺してしまったんだよね......息してないしすごい量の血が出てるんだよ.こんなことになっちゃたし,折角だから僕も死んじゃおうと思ってて......」

 

「で,その前に一言だけ報告をしておいたほうがいいかなと思って電話した」

 

あらまあ,自分に似て気まぐれな性格に育ったね,でしょう?籍入れたことも結局タイミングがなくて伝えられずじまいで......とかそんなことを一言二言交わした後,連絡ありがとうとお礼を言って電話を切った.

思えば,上の息子とはかなり久しぶりの会話だったと思う.

 

 

受話器を置いて,しばらく考えた.

 

 

息子が褒めてくれた「お母さんの教育方針」について......

私は方向性を大きく誤ってしまったか?違和感が生じた.

 

でも,息子のくだした選択に後悔がないのなら,別に良いような気もしてきた.

それにもうお互い大人だから,無関係なのだ.

 

夫も優秀な息子たちも無関係な人間である.

 

後数ヶ月経ったらきっと,母親や典子,涼子に対しても同じように感じるという予感がしていた.

そしたら,何か理由をつけて,夫のように縁を切ってしまってもいいし,息子のように全て破滅させてしまてもいいのだ.

そして私は,のらりくらり生きるか死ぬかしていけばいいような気がした.