Kim & Jessie & ......

見つけてもそっとしておいてください……。

ズー

幼い頃の思い出を辿ると、いつも動物園がその中心にある。

母親は子育てに熱心で少々神経質なところがある人物で、動物園に対して小学校以上の教育効果を期待していたらしく、子供の発達には動物園は欠かせないという信条を掲げていた。

なぜそれほど頑なだったのかは不明だが、私と妹にとって動物園に連れて行かれることはハレの日のイベントであったため、毎度非常に機嫌が良くなった。

そんな我々親子が年に6回は訪れたであろう動物園は、白浜にあった。

そこは全国的に知名度は高くないが、土地が広くパンダやシャチなど珍しい動物がいて、歩いて回れるサファリパークもあった。

そのように子供にとって魅力的すぎる施設だったため、私たち姉妹は到着するなり朝から晩までのびのびと遊び呆けた。

 

私が小学6年生、妹が4年生になっても、母親の動物園信仰は抜けなかった。

ただ、子供が小学校高学年に差し掛かってくると、だんだんと親が絶対的で模範的な大人ではないこと、彼らの言うことは世界のほんの一面を反映させたものでしかないことに気付き始める。

同時に、私たち姉妹はとても聡明だったので、親が大切にしている考え方には文句を言わないなど、暗黙の了解という単語は知らねど実行できていたのだ。

成長した姉妹は相変わらず母親に連れられ動物園に行った。そして自分たちの方で、遊び方を工夫し始めるのだ。

 

私は絵を描くのが好きな子供だったので、スケッチブックを持ち込み存分に描いた。妹はインスタントカメラを買ってもらい、てきとうに写真を撮った。

そんな子供たちの様子に相変わらず母親は満足そうだったが、私たちは少しずつフラストレーションを溜めた。

 

ある時母親が、3人分の昼ごはんを買ってくるので、2人でイルカショーが行われるプールの方に先に向かっておくよう言われた。

ポツポツと歩きながら会話をした。

この白浜の動物園が、自分たちが幼い頃に比べて随分と廃れたこと、

シャチが飼育員を襲い怪我を負わせた後、2頭立て続けに亡くなったという最近のニュース、

私の中学受験のこと、

両親、特に母親が同級生たちの親と比べて少し変わっているのではないかという、タブーじみた話題、

そして、動物園は流石に卒業だねという同意に達した後、

イルカショーは乳児や園児を連れた家族が多くて、私たちのようなお姉さんが夢中になっているのが恥ずかしいから、席をとったりするのはやめようという結論に至った。

代わりに、敷地の端にあるペンギンの館に向かって時間を潰していようということになった。

 

ペンギンの館はその立地と展示のつまらなさからわざわざ来る人が極端に少なく、空いていてベンチも多いため、姉妹のお気に入りの場所の一つだった。

動物園でのペンギンの扱いは下位だという印象がある。

というのは、水族館の方が圧倒的に充実した展示を実現できるからだ。

ペンギンの館のペンギンたちはそれはそれはお粗末なもので、数こそ多いもののそこにいるペンギンは皇帝ペンギン一種だけだった。

プールの作りも平坦で壁は粗末なペンキで水色と茶色二色に塗られ、中ではモアイ像のように無愛想にたくさんのペンギンがそびえ立っているのだ。

彼らはやる気がないのでただ薄暗いガラスの向こうでつったているだけ。

 

館に着くと、私はベンチに座り下手な絵を書き始めた。

妹はガラスに張り付いて写真を撮っている。

しばらくしてから、全く動かないから写真を撮るのが簡単でつまらないというようなことを言った。

まあ、いつ来てもここのペンギンはそうだね、と私は答えた。

その後、皇帝ペンギンと王様ペンギンの違いについて書かれたパネルなどを読み、ここにいることはペンギンたちにとって幸せなのだろうかということ、いつも動物園に来ると喉元に引っかかっていた疑問について話した。

ここが閉じられた空間だということに気づかなければ、天敵もいないし立ってるだけで食べ物はもらえるしこんなにも生存しやすい環境はないよな、でも、閉じ込められていることに気づいてしまったらもう無理で、精神崩壊だな、というようなことを妹はその時言ったように思う。

ふーん、何か重大な点を見落としているような、と考えながらスケッチブックに色鉛筆を走らせていたら、妹がいなくなっていた。

見ると、ガラスの向こうでペンギンたちの間で三角座りをして、コーンに乗ったアイスクリームを幸せそうに食べているところだった。

あっけにとられ、勢いよく立ち上がったので色鉛筆のケースがベンチから落下し、大きな音を立てた。何本か芯が折れただろう。

必死にガラスを叩いた。名前を呼ぶが、全く聞こえず、美味しそうに満足そうにアイスクリームを舐める。

飼育員を呼ぼうと思ったが、お昼休憩だろうか、建物の周りには人気はなかった。

このまま、自分の記憶の中にだけ妹はいて、家族や親戚の記憶からは妹はなぜか抹消されていて、自分が一人っ子ということになりはしないか、そして私も段々と妹の存在は空想だったのではないかと思い始めるんじゃないか、そんな心配をしていた。

実際ありそうなことに思えた。

絶対に嫌だ。

ガラスを叩き声を出すが届かず、母親が昼食を買うと言っていた売店まで駆け抜けた。

その道の途中で、母親と落ち合えた。私たちがペンギンの館にいるだろうと予想をつけていたらしい。

母親の顔を見た瞬間に、さっきの出来事はきっと勘違いだろうと思えた。

案の定、ペンギンの館に戻ると、妹はベンチに座って、1人で勝手に買って来たアイスクリームを平らげていたのだ。

 

ここまで思い出して、空間の外から必死に呼ぶ者がいるのに、内にいる人がその視線に気づかないという状況が、最も悲劇的で悲惨だと思い至った。これが見落としていた重要な点だったのだ。

 

 

さて、10年経って妹はカメラに飽き、私は絵を諦め一眼レフを趣味にしていた。

今日は数年ぶりに1人動物園に来て撮影をしている。

そして、比較的空いているチョウゲンボウの檻の前で立ちすくみ、過去を回想していたのだ。

その檻の中には、あろうことか、20歳になった妹が、実際は久しく会っていないはずの妹が、電車の車内で壁にもたれかかるような佇まいで、猛禽類の止まり木の幹に寄りかかっているのだ。

イヤホンを挿しスマホを横にし、ゲームをしながら、こちらの様子など気にも留めない。

あの時、12歳の私、10歳の妹、額に浮かんだ冷や汗の感覚を思い出していた。

でもガラスではないので、叩くことはできない。名前を呼ぶことも、大人になった私はしない。悪い夢から覚めますようにと、シャッターを勢いよく切った、と同時に妹の幻覚は消えた。

たまらなく不安になったので電話をかけた。

意外なことに、すぐに出た。

いざ電話に出られると何の用事もないので困ってしまい、とりあえず大学には慣れたか聞いたりした。

しばらく雑談をすると、妹はもったいぶったように切り出した。

まだ親にも友達にも話してはいないのだが、留学に、しかも2年間行きたいのだそうだ。

中国とモンゴルに一年ずつ、語学と、専門のユーラシア史について現地で深く学びたいらしい。

狭い檻の中で退屈そうにスマホをいじる姿とは正反対の発言に、苦笑してしまった。ガラスの向こうや檻の中にいるのは私の方が似つかわしかった。

応援する、自分は来年から就職するからもし困ったらお金の援助もするよ、と気前のいいことを言っておいて、心配と羨望が混ざった気持ちで行くなお願いだからとも強く思った。

制止する言葉の代わりに、チョウゲンボウという目の大きな可愛い鳥を知っているか、と聞いた。

東京の市街地にもいて、多分大阪にもいると思う。ユーラシアやアフリカにもいるらしい、と続けた。

それがどうしたのか聞かれると、ヒナの顔がね、少し似てるよねとだけ言ったら、お姉ちゃんは丸顔だから皇帝ペンギンに似てると前から思ってたよ、と言われた。