Kim & Jessie & ......

見つけてもそっとしておいてください……。

借りパク 中編

ufowohakken.hateblo.jp

 

靴をアパート共用のゴミ箱にぶち込んだ。すごく乱暴に投げ入れたら少し気分が晴れ、自分の単純で感情的な側面をふと自覚した。

階段を登り、部屋の扉を開けようとした。

 

そのとき、目が、釘付けに。

 

 

対象は、隣の部屋の表札だった。

 

 

「保科」

 

 

 

あ、なんだ隣の部屋の洗濯物が気づかぬうちに混ざってたのか〜と安心し、気味悪く思っていた気持ち薄まっていく、反面、

 

偶然にしてもそんなことあり得るか? あまりに都合良すぎる解釈をしていないか? 洗濯物として混ざる以外に、隣人の私物が私の所有物に混ざるシナリオ、考えられるのではないか? もっともっと最悪なシナリオ、あり得る......と懐疑的な気持ちも膨らんでいく。

 

そしてどんどんその疑り深く不快な気持ちが大きくなってきて、当初感じていた、「知らない短パンが部屋にあること」の気味悪さを上回ってしまった。

 

心は新たな不快感で灰色に染まりきっている。

 

夕方5時だ。漫画をベッドの上に放り投げ、とりあえず、引越しの荷物を全て片付け終わってから保科さんの部屋には凸しようと思った。それに、もし働いている方ならどうせ平日のいまの時間は部屋にいないだろう。

 

 

あと片付けるべきは、下着やタオル類とコンセント類だった。

 

下着とタオルはもともと箱に入れてまとめているので、すぐに終わりそうだった。

一つ一つセットにして畳んでいくと、なんとなく、本当になんとなくなのだが、下着に関してはすごく嫌な予感がしていた。

 

そして、

 

当たってしまっていた。

 

こんなとき、どうして私はこんなにも類推能力が高いんだろう、それとも、嫌な妄想をするからこんな不可解な状況を引き寄せてしまうんだろうか。

 

基本、ズボラな人間なのだ、上下バラバラの下着をつけて生活していた。

それに、似たような模様の下着ばかり買っていたので、深く気にすることもなかったのだが、

厳密に同じ模様の下着をセットにして整理したとき、

 

 

4つは上下セット、

 

3つは、パンツだけ、

2つは、ブラジャーだけ、という状態で

 

すなわち、5つ分の下着セットが、上下いずれかが欠けた状態で箱に収まっていた。

 

この状態に気づいていなかった自分もだいぶズボラだとは思う。

 

さて、

 

「保科」の表札を目にしたとき、何と無く感じた嫌な予感、

それは、隣人の洗濯物が私の部屋に混ざり込むことがあるのなら、

 

もちろん自分の洗濯物も、隣人の部屋にある状況だってありうる。

 

 

血の気が。

 

一瞬引いたが、なんのことはない、すぐに平気になった。

ただの泥棒か。ザコい。もう引っ越すのでどうでも良いんだ、卒業式に校舎をめちゃくちゃにするヤンキーの気持ちがほんのすこーしわかった。

 

 

私の部屋は角部屋なので、隣は保科さんしかいない。つまりは、、こういう嫌な直感は当たるものだなんだ、気持ち悪いことに。

偶然5セット分も下着を紛失することの方が珍しい。人的な力が働いて、私の下着は隣部屋にあるんだろうおそらく。

まあ短パンがこちらにあるのは少々解せないけど、何かしらの意図が働いて私の部屋にあるのは確かだった。

 

6時半になっていた。

良い時間だ。立ち上がる。

ほとんどなんの作戦もなしに、その時の感情を強いていうなら、早くこの薄気味悪く不快な現状をどうにかおさめてしまいたい、終了させてしまいたいという思いで、一心に、

保科さんの部屋のインターホンを押した。

連打した。3回押して

 

あ、いけね。と思った、と同時に、気弱そうな、そして不思議なことに、すごく好感の持てる風貌の男性が扉を開けて顔を覗かせる。不審そうにこちらを見ているが、でも笑顔。

 

 

「こんにちは、隣の佐伯です、どうも」

私も笑顔で挨拶。

 

「あー!こんにちは。どうなされましたか?」

 

「あのですね、今度引っ越すことになりまして、その......挨拶にお伺いしました、すみません、ちょっとバタバタしててもう2日後に引っ越すんですけど、手ぶらですみません......」

 

ふと、そうだ、ただただ挨拶をしにきたんだった、このまま、核心に触れずに引き返してしまおう、だって引っ越すんだから今更事態をややこしくするようなこと切り出さなくてもいいじゃないか、なんて思った。

 

「そうなんですね〜確か、僕がきて一年後にいらっしゃったから......ここには2年住まれてましたよね、就職ですか?」

 

2年住まれてましたね、という一言で、あ、そういう情報がすぐ出てくる人、気持ち悪い、と、スイッチが入った。

違うか、穏やかで事なかれ主義な常識人のスイッチが切れたのだ。

「あの、そんなことはまあ......どうでもよくて、部屋を片付けてたら、

 

はい、保科さんの短パンですよね、これ、私の洗濯物に混ざってたんですよ」

目の前にぐんと突き出す。

 

 

「あっ......ありがとうございます、そういえばどこに行ったかなと思っていて......わざわざすみません!」

目が一瞬泳いだところを見逃さなかった、

勢いづいたので畳み掛ける、

 

「あとね......とても不思議なことにね、私の下着も5セット、5セットですよ揃わないんですよ、まあ自分もちょっと間抜けなところがあるから気づかずにずっと過ごしてたってのも考えもんなんですけど、流石に5セットは偶然なくすにしては多いですよねで思ったんですよ先方の私物が私のところに混ざってるなら私の私物もあなたのところに混ざっていることも十分あり得ますよね、混ざってるなんてオブラートに包んだ言い方をしてしまったんですが多分意図的にとったと率直に言えばそう思ってるんですけど間違いですかね当たりですねこの時点でかなり気持ち悪いですそんな人が2年間も隣に住んでたんですね他にもちょっと感じてたことあるんですよ私アルバイトを週二回してますねそしたらその月曜日と木曜日いっつもアパートのエントランスであなたに会いますよね他の曜日は私帰る時間がバラバラだけど月と木は8時くらいなんですよだから保科さんはいつも毎日8時に帰宅してる人で私がたまたま週に二日は8時に帰るから居合わせるだけかなあと思ってたんですが駅のカフェで時間を潰してるとこ見たことがあるんですよそして今日もいま何時ですか?7時に家にいますね8時に帰る人じゃないんですねあとあれもそうですか成人男性向けのブランドのフライヤーやスーツの広告が私のポストに入れられてることもありましたあれ保科さんがやってたんですかそんなことして自分の存在を気にかけて欲しかったとか?」

 

「でー」

 

 

「結局、私と、その......お友達になりたかったんですか?」

 

 

 

「えっ」

 

お互い、顔が真っ赤になっていたと思う。

バツの悪そうな顔を向けあって俯く。

 

 

とにかく、純粋な怒りに駆られてこんなにベラベラ喋り続けてしまったわけではなくて、怒り6割不快感2割その他恐怖気味悪さなど混ぜこぜな感情を推進力に、とにかくこのとてつもなく最悪に気まずい事態を早く収束させたい気持ちでいっぱいだった。ただ自分の納得のいく形でという条件付きで。

 

 

「あの、本当に、僕はとりあえず謝罪をすべきだと思うので、あの、本当にすみませんでした大人なのに幼稚極まりないことをしているという自覚はありました......」

 

「嫌です」

収束させたい、しかし、このムカムカとした鬱憤?はいまここで晴らすしかない。 

 

「保科さんがそうして私にコミュニケーションを取ろうと図ってくることが、謝罪→許すみたいなプロセスを経ることが、どうやら私はそれだけで不快感を感じるみたいです、とてつもない不快感、感じたことのないタイプの不快感です。なんならいまこうして自分の感情をあなたに説明して保科さんがそれを理解していくという過程じたいがもう気持ち悪いというか......

なので、私にとって一番良いのはこの一連の状況を、気づいてしまったことを、なかったことに、すぐに忘れてしまうこと、みたいなんですよね。だから、はいこれ、5セットの残りの分ですこれを、差し上げますので、もう、本当にもう忘れますね、あなたも私に構わずに新しい住人をターゲットにでもしてくださいなはいこれ」

 

と言いながら私はまず黒い短パンを胸に押し付けた。

そして5つの色とりどりの下着を(一つは海外旅行に行った時旅行先で買ったすごく派手なやつで、結構気に入っていた)

 

投げつけた。

ありったけの力でブンっ。

 

もう一つ、しゅんッ!

 

でも、どうせ下着なのでそれほどの威力はない、全部投げつけて保科さんを扉の中に押し込んでドアを閉めた。ギュン。どたん。

 

 

ふふっ。

後ろから笑い声が聞こえる。お構いなしに自分の部屋の扉を開けバッターーーんすんごい音を立てて閉める。

 

 

 

ふふふっ。 

そんな、怒るとめちゃくちゃなところもすごく好きだったんですよはははっ!

良い大学に通ってるでしょ確か? そんなに頭が良いのに、一度たがが外れるとコントロール不能になるんですよねっ、ね!佐伯さんって人は!

 

元彼と喧嘩して別れたときも、すごかったですよね!

壁の向こうから、一体何をぶつけてるんだろうというくらい大層な音がして、そしてその早口でまくし立ててる、最高ですよ、一晩中壁に耳あててずーっと聞いてました、録音だってありますよ!

 

僕は、佐伯さんが忘れても絶対忘れませんよ!はははっ!

 

 

〜〜〜

 

水を飲んだ。すごく美味しかった。すべてのものが尊く思えた。