Kim & Jessie & ......

見つけてもそっとしておいてください……。

借りパク 前編

大学を卒業し社会人になるため、引越しをすることになった。

怠け者の私は、いつもギリギリになってから動き出すので、引越し当日の三日前から慌てて準備をし始めた。

3連休なので集中して作業すれば終わるだろ、とたかを括っていたのが間違いで、全く終わる気配がない。

片付けの周期みたいなもので、今、ちょうど準備を始めてから二日目のお昼なのだが、一番部屋が汚い状態だ。

主に服と本、雑誌が散らばり、座布団の上しか座って居られる場所がない。ベッドの上ももので埋め尽くしてしまったので、一体今夜どこで寝るべきなんだろうと不安に駆られている。

業者からもらった段ボールにとりあえずものを詰めていく。

我が父のアドバイスで、それぞれの箱にはマジックで何を入れた箱なのか書き殴っていた。

「服」「本」「食器」「コンセント類」「カバー」「調味料レトルト」

生活が、分割されている。単純なものに還元された私の生活。

胸がドキドキする。自分が生身の人間で、日々食事や入浴、排泄、自慰をし生活していることが忘れられていく。

機能的に生きるものである私。それらをサポートする、カテゴライズされた小物。たかが7つ程のダンボール箱に収まる程度の私の生活。

 

絵も言われぬ幸福感に包まれボーとしてしまった。そんな風に思索に耽る癖があるため、作業が一向に進まないんだ!

この状況に対しても思索を巡らすに十分値する奇妙さがあるし、小物一つ一つも思索の入り口になってしまう。

 

三歩進んで二歩戻るをしながら、気づいたら三時間くらい経っていて、ほとんどの本と服をしまうことができた。

 

哲学入門系の書籍を整理している時、ふと手が止まった。

そういえば、レポートのために購入した永井均の本が見当たらない。

誰かに貸したっけな。あり得るのは妹くらいだが(御察しの通り引越しの片付けを1人でしなければいけないほど、私に友達は少ない。ましてや本を貸し合う友達などもっと居ない)、妹に永井均は貸さないよなあ......漫画か小説ならわかるけど......。

 

スケジュール帳のメモに、「本が一冊ない」とマジックで書いた。「均」の漢字が潰れた。

日頃から、気になることはスケジュール帳にメモしている。

「ヒールの修理」と書いてあるが、これもなんのことかさっぱり思い出せない。

というか、永井均の本だったことは覚えているが、そのタイトルも内容も何も頭にない。一年ほど前のこととはいえ、こんなに不確かな、しかし項目としてはしっかりと覚えている(レポートのために本を買ってそれが面白かった)記憶ってなんなんだ一体。

 

まあいいか、と気を取り直し、服の整理の仕上げに取り掛かる。

 

20分ほど作業をしていると、黒い、短パン、が出てきた。

その腰の部分に、白いタグが縫い付けられており、「保科」とペンで書いてある。

サイズはメンズだが、女性も履けそう。

 

ほしな、そんな知り合いはいない。

部屋にあげたことのある人間ならなおさら数が少ないので、絶対にいない。

 

気味が悪くなってきた。

 

 

しばらく忘れていた永井均が、ふわっと顔を出した。

 

二つの大きな謎が、そして副次的な一つの謎が、重々しく、目前に出現。

 

 

消えた本、知らない短パン、(修理すべきことを忘れた靴)。

 

 

 

とりあえず、ラインの友達検索で「hoshina」と打つ。当然、いない。ブロックリストもざっと見るが、いない。

facebookでも検索してみるか、そんなことの前にとりあえずダンボールを端に並べて、ベッドの上も片付てお風呂入ろうかな、とぼんやり考えていると、

 

「ゴン」

と、音がした。

 

玄関の扉裏のポストに、何かが入れられた音だった。

 

反射的に、ダッシュする。永井均なのか?

年度末、私が引越しすることを見越して、もしくはその情報を聞きつけて、本を借りてた人が返しに来たに違いない。

ポストを開けると、

漫画、が、入っていた。知らない漫画。最近流行りの「ヘタウマ」というジャンルの絵柄か? 可愛らしい少女が表紙で、全く好きではない漫画だった。

 

待って、これは私のじゃない。なんのつもり?

追いかけるしかない。

妙な好奇心に駆られて、飛び出す。

 

階段を駆け下り、エントランスに出た、男性が、去って行こうとしていた。

あの!

あ、右のヒールが折れた

  バランスを崩し、膝が曲がる。右斜め後ろに、派手に転げ。そうになった。

 

 手をついて、ドスン、という感じで、尻餅をついただけだった。怪我の回避。

 

男性は、ちらっと振り返っただけで、そそくさと早足で歩いていく。

 

その様子を見て、追いかけようとする気が萎えてしまった。

機能的な毎日に、全力で走るという行為はそぐわないよなあと、なぜかそんなことを考えながら、埃を払いつつゆっくり立ち上がった。

 

それに、そそくさ行ってしまったということは、私に会うと都合が悪い人間に違いない。

そんな人間を無理に引き止める必要もない気がした。おそらくお互いに良い心地はしないことが予想できる。

 

部屋に戻って漫画を読もうかと、思った。絶対にそんなことはないんだけど、漫画にヒントが隠れてると信じることもできた。