a long walk

見つけてもそっとしておいてください嘘しか書いてません

ごまドレッシング

壁にポストカードやポスターを貼って過ごしている.

 

 

休日が続くと,こんな風に怠惰でのんびりと過ごすことを至上と考える自分が本当の自分であるように思うけど,平日朝に,混みこみの電車で態勢を保ちながら,日経新聞を読んでいる自分も紛れもない自分なのだ.

 

 

 

一通り貼り終えるが,理想の仕上がりではない.

 

インテリアを少し凝ってみても,どうも,小物たちが居心地の悪そうに並べられているように見えて,パッとしない.

まあでも,あと数年は多分この部屋で寝て起きて過ごすんだろうけど.

 

 

 

聴く曲に迷うといつも,ParadisのRecto Versoを安直に選んでかけてしまう.

いつ聴いても良くできた曲ばかりで暗くて,最高なのだけど,どうもこういうものたちが私の元から暗い性格を助長しているように思えてきたこの頃だ......

 

砂の城

社会人になって二週間が経とうとしている.

訳の分からぬ絶望に満ち溢れていた一週目とは異なり,1日がきちんと終わっていることに感激を覚える余裕も出てきた.

私は,働くことができそうな人間なのだ.そんな当たり前のことが嬉しい.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで書いて,自分が,こんな風に無意味な(と書くと言い過ぎかもしれないので代わりの表現として「とりとめのない」)文章を書くことに対する情熱が,急速に薄れてきていることを感じる.無意味な,と書いてしまっている通り,意味のない行為と感じ始めている.ではその代わりに何をするか.本を読み,勉強をし,世の中の出来事を知る.家事をテキパキとこなす.毎日を「意味があるように見える行為」で埋め尽くし,1日をきちんと過ごした安心感で眠りにつく.

 

宝物のような休日を,日記に残しておこうという気力が薄れている.

私自身が思う私の好きな部分が,朽ち,輪郭がぼやけてくる.掴みどころのない存在になり社会に溶ける.その頃には,私が,私を好きだった頃の記憶なんてないし,私を好きでいようという情熱もなくなっているんだろう.淡々と日々をこなすだけ.

会社のことや,事業のこと,同期のこと,世の中のことを話す自分がとてもとても嫌いで,それでも話してしまう.なぜならそういうことを考える時間が圧倒的に多くなってきているから.考えざるを得ないから.

確かにこれらのことは大切かもしれないが,本質にはなり得ない.もっと,5年間とか20年間とか考え続けないと答えが見つからないような,いつだってそういうことが私にとっての本質なのだ.とりあえず仮置きの答えを自分の中で持っておき,経験に応じて改善していく.そういう営みこそ尊い

しかし,「大切なこと」たちに飲み込まれてしまっては,人生の尊い営みを失念しかねない.素敵な私ではなくなってしまう.

 

 

夢の中では自由なので,図書館で迷路になったりハンモックに揺られながら動物と語らったりしている.そういう行為をしている私の方が好きだし素敵だと思う.

そうして,そのまま目覚めないということが死ぬことだったら,喜んで死にたい.そうすれば素敵なまま永遠になれる.

 

 

 

二日目

 

生理が.

 

 

 

社会人も二日目だけど.

 

真っ当な幸せを手に入れるために,そこそこ真っ当な会社でサラリーマンをするということが,こんなにも息苦しいとは.これからより一層の苦痛を伴って,自分に降りかかってきそうな予感しかない.

 

 

何が息苦しいって,

 

朝起きるのはまあ大丈夫.

 

大きな駅が怖い.サラリーマンが溢れ皆同じ方向に向かって歩く.

オフィスビルが怖い.立派な建物で綺麗なのに,敵意を向けられているような気がする.そこに入って行くのが嫌だ.エレベーターもしかり.

真面目すぎる同期.姿勢の良くハキハキと話す社員.

服装.ふくらはぎについたストッキングソックスの跡が醜い.

将来のためにと思い取ろうとしている資格.実践的な能力につながらない気がする.

 

 

米だけ炊いて,スーパーで惣菜を買って帰って食べるという夕飯もすごく虚しい.

 

 

 

ドライマンゴー

 

一緒に熱海に行くことになっていた遅刻常習犯のサークル同期が案の定寝坊し、約2時間半の列車移動中1人で時間を潰すことになった。本も持ってきていない。余計に悲しさ、寂しさがこみ上げてくる。折角なので、ブログ更新の時間が捻出されたと捉えてスマホでぽちぽち文字を打つ。

 

大学生活の振り返り、みたいなものは得意ではないが、間違いなく、小中高大と通ってきた学校の中で最も好きな環境だった。

ただ、そう言い切れるのも、去年の後半に出会った今の恋人のおかげなのかもしれないという疑念は拭えない。

生活の質が、特定の人間や関係性に左右されるのはリスクがあるため良い傾向ではないと思っていた。だから、趣味を極め知識を増やすことで自分の自信につなげようという意識が強くあった。しかし、きっとそうではなく、人間との関わり合いによって質を向上させられない人たちが以前の私のような考えに至っているんだと思う。各方面で敵を増やしそうな見解だけど、そう思えるくらいに今は本当に満たされている。

多分彼だけのおかげではなくて、この4年間でできた友人達や属することになったコミュニティも、確実に私を満たしてくれている。ただ、そういった身近な人々を真に大切に思う姿勢が培われたのも、彼氏の、純朴で他人を尊重する性格に影響を強く受けているからであって、私は彼と出会わなければ、他人を馬鹿にし斜に構え、人間嫌いのフリをして学生時代を終えていたと思う。

 

とにかく私は彼に非常に感謝していて、彼のことをとても尊敬している。そして、彼の人生の質を私がしっかりと上げていきたいと思っている。いや、2人で質を上げることができればそれが最高かな。

 

 

卒業式後と入社の狭間という、根無し草のような時期に聴くのにぴったりな切ないメロディの曲を探していた。

「一途なフリして浮気性」というフレーズにぎくりとし、こんな水臭い文章を連ねてしまった。

 

今イヤホンでは、もう大人になったんだ、だから恋がしたいと堀込泰行が歌っているが、大人になってからする恋とはどのようなものだろう。

私も大人になるので、真っ当に人を愛するということをしたい。

 

 

食い扶持を得るということを先生方は繰り返し説いていた。元も子もない言い方をされるなあと思ったけど、自分のような人間にはとても響く。夢がない。大層な理想もない。地球を救おうとか、思えない。車窓から見える、流れる風景をずっと見ていたいと思う。流れゆく家々の中で行われている、それぞれの暮らしや、沿線のうらぶれた飲食店で出されるまずい料理とか、そんなものをぼんやり想像したいと思う。そんな毎日を過ごしてみたいと思う。

 

熱海には3時に着くらしい。いつか伊豆に行った時と同じ、JR東海道本線に乗る。

 

 

冷めたチキンナゲット

 

レンタルした袴を畳んでいるときに突然寂しさがきた.

 

前回の記事で何かに対して自分が怒っているようだったけど,なんのことかさっぱり忘れた.

3月の後半は予定を詰めすぎて,長く幸福だった学生生活が終わるという感傷に浸る間も無くあっという間に過ぎてしまった.

好きな人たちと好きなところに行って好きなことをしたが,この虚しさはなんなのだろう.

 

結局自分には,特別なことは必要なくて,毎日毎週決まったことの繰り返し,すなわち,授業に出たり近場で映画に行ったり親しい人と語らったり優しい恋人と昼まで寝ていたりとか,本当にそういうことしか必要ないんだと思う.

旅行は確かに楽しかったけど,その後にこんな気持ちがやってくるなら要らないかもしれない......

 

 

まだ途中なので後で続きを書く.

ジョイントで前重心

 

今日は楽しかった。

 

知人が、既にフジロックの3日間通しのチケットを買っていてとても羨ましくなった。

 

でもちょっとだめそうなので薬をふたつ飲んで寝る。整えばまた何か書く。